《着物リサイクル春夏秋冬》第217回 洗い張り&仕立て直し
2018年10月08日
▲東京山喜 (店名・たんす屋) 中村 健一 社長
1954年9月京都生まれ。77年 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校留学、79年 慶応義塾大学卒業。同年東京山喜入社、87年 取締役京都支店長、91年 常務、93年 社長に就任、今に至る。
着物文化の本質に気付いてほしい!
1万円の洗い張りを1000円で企画
着物研究家の森田空美さんと初めてお会いしたのは、一昨年12月に池袋東武百貨店での歳末きもの大市「たんす屋祭」で二人でトークショーをさせて頂いた折である。紬の無地の着物をお召しの森田空美先生は、凛としてその美しさに深い感銘を受けた。
新品に見える 20年前の着物
更に、森田先生とお話しをして非常に驚いたことがあった。お召しの着物が実に"シャキッ"としていたので、「今日お召しの着物は、新しくお誂えになったのですか?」とお伺いしたところ、20年以上も前に誂えた着物とお伺いし、そのコンディションの良さに驚愕した。その驚きをお伝えしたところ、森田先生はご自分の着物は、基本的に丸洗いをせずに、必ず洗い張りをして仕立て直しをされるとの事であった。
そして森田先生は、「丸洗いは着物を劣化させ、仕立てを少し狂わせます」と言われまsた。一方で、洗い張りは着物を蘇らせ、仕立てをリセットさせる。「あー!ここにこそ着物文化の本質がある」と直感した。20年の間に何回か洗い張りをし、仕立て直しをした着物は、まるでこの間誂えた新品と見紛うばかりのクオリティであった。
洗い張りは着物を一度反物に戻す
たんす屋では、丸洗い通常価格3800円、着物クリニックでは2800円、本部催事では、3点に限り1800円でお受けしている。世間相場から相当割安であるから、年間約5万点の丸洗いを承っている。一方で洗い張りは年間で500点にも届かない。丸洗いは、早くて安くて便利、まさに文明の利器である。具体的には、着物をそのままネットに入れて、揮発性の溶剤で洗濯機で洗う。
しかし、昔は丸洗いはなかった。着物のお手入れと言えば、必ず洗い張りであった。洗い張りは、先ず着物を解く。「解き」とは、着物の仕立て糸を切って引き抜く。着物を「解き」すると、8枚の布になる。これを、「は縫い」ち言って縫い合わせ、元の一反の反物に戻す。着物は、一反の反物から仕立てる時に直線に裁って、8枚の布にしてそれを手縫いで仕立てあげるので、この様に「解き」をして「は縫い」をして元の一反の反物に戻すことができるのである。
これこそ、物をどこまでも大切にする日本人の価値観が生んだ叡智の賜物である。その後、元に戻した状態の反物を水でしっかりと洗う。本来、着物は必ず水につけて仕上げる。であるから、着物は水につけて蘇る様になっている。この着物文化の本質に気づかされた私は早速、洗い張りのキャンペーンを実施することを決めた。通常一万円する洗い張りの加工賃を8000円にして、全店でプロモーションを展開する。昨年の6月からスタートしたが、一年間キャンペーンを実施して洗い張りの件数は前年比わずか130%程度しか伸びなかった。更に、二年目に入ってからは、なんと前年を下回る様になってきた。これでは、全く私の思いがお客様に伝わっていない。もっと言えば、たんす屋の店長、店舗のキャスト、更には本部スタッフにも社長の気づきを伝えられていないと痛感した。
洗い張り+加工 総額をお得に
そこで8月23日から、大胆な挑戦に打って出た。その企画は「洗い張り1000円企画」である。通常一万円の洗い張りを1000円にしてでも、洗い張り、仕立て直しという着物文化の本質に気づいてもらおうという考えである。当然ながら、洗い張りを1000円で承ることは大きな赤字だ。
私は、洗い張りキャンペーンが進捗しなかった原因は、結果的にお客様の琴線に触れなかったからだと気づいた。通常の洗い張り一万円を8000円にしても、それ以外に裏地を交換すると胴裏7000円、八掛一万円、更に、海外の手縫いで仕立て直すと2万3000円がかかり、合計すると5万円にもなる。洗い張りを20%オフしても総額は4万8000円になるだけで、実際は総額の4%オフにしかならない。
そこで今回は、7万円以上のリユース着物 をお買い上げの場合は、洗い張り1000円、胴裏1000円、八掛1000円、海外手縫いの仕立て直し3000円、通常合計5万円を6000円にした。88%オフである。5万円以上のリユース着物をお買い上げの場合、上記の仕立て直しが一万円で合計一万3000円、3万6000円以上のリユース着物をお買い上げの場合は、上記の仕立て直しが一万3000円で合計一万6000円、2万円以上のリユース着物をお買い上げの場合は、上記の仕立て直しが一万6000円で合計一万9000円に設定した。
ご自分の着物を持ち込まれた場合は、洗い張り1000円、胴裏4800円、八掛一万円、仕立て直しが2万3000円で合計3万8800円で承ることにした。結果的に8月中の9日間だけで、47点の洗い張りを承ることが出来た。そして、この企画で購入頂いたリユース着物の平均価格は7万8500円とすこぶる高額になった。この「洗い張り1000円」企画が、着物文化の真髄をお客様に伝えるきっかけに成りうる手応えを感じているが、いかがだろうか。
第448号(2018/09/25発行)18面