第7回 ドンドンアップ 代表取締まられ役 僕の話
今日も今日とて地獄 その後天国へ Part3
毎日ピンチ、でも倒産はしたことない!?古着で一世を風靡するドンドンアップ(岩手県盛岡市)岡本昭史社長による凄絶ノンフィクション体験記の第7回。
中華料理屋の寮は人種のるつぼ
働きはじめてからもしばらくはモーテルに住んでいたが、中国人社長の母親の家の手入れをするという条件付きで、150ドルでおばあちゃん家に住むことになった。そのおばあちゃん、年寄りだから朝早いし、細かいし、まあ色々とこき使ってくれた。その上、週に「半日」しかない休みでも社長に呼び出され、自分の家の掃除しろ、プールにブラシかけろとまさに「奴隷生活」だった。でも良かったのは、毎日職場でタダ飯が食えること。中華だからうまいし、これは本当に助かった。結局3年間は、アメリカにいるにも関わらずほぼ中華しか食べない生活だった。でもねー、きつかったよこの期間は・・。アメリカに移住してきて、一代でチェーンを築いた本当のたたき上げ社長だったから、全てがえぐかった。今は全然感謝しかないけど。
結局あまりに自由がきかなかったので、この家を出て、次は勤め先のレストランの寮に転がり込んだ。ここでの経験は本当に僕の一生の宝になった。勤め先のチャイナガーデンは、田舎だけどかなり大きな店で、従業員も100人以上いた。中華料理店なのに中国人は全体の2割くらいで、残りはベトナム人、カンボジア人、フィリピン人、ネパール人、タイ人、インドネシア人、サウジアラビア人etc.。なんとなくオリエンタルルッキングな人々が働いていた。そして寮に転がり込み、このマイノリティーの集団と職場も寝食も共に過ごした。寮と言っても平屋のクソおんぼろの建物で、ここに10を超えるナショナリティーの奴らが一緒に生活していた。なんだかんだ彼らは同じ人種間でグループができていて、派閥もあった。そんな中で日本人は僕一人。居場所もなく彼らの部屋をグルグルグルグル。派閥のない僕は、色んなナショナリティーの連中の部屋を毎晩のように渡り歩き、お酒飲んでヘタクソな英語で色んなトピックスについて語り合った。この経験のおかげで、リアルな人種別のパーソナリティー、ナショナリティーを感じることができ、実は今それが僕の海外ビジネスの大きな糧になり一生の宝になりました。(ホントに役に立ってるんですよねー)
第502号(2020/12/25発行)16面